
「企業価値担保権という新しい担保ができたと聞いたが、何が変わるのか」「経営者保証を外せるのか」。結論から言うと、企業価値担保権は、会社の総財産(将来の財産を含む)をひとまとめにして担保にする新しい担保権で、事業性融資の推進等に関する法律にもとづき、2026年5月25日に始まりました。この担保権の対象になった融資では、金融機関は原則として経営者などの個人保証にもとづく権利を行使できません。ただし、使えるのは会社だけで、利用するかどうかは金融機関の判断です。また、借金そのものを減らす制度ではなく、返済できなくなったときは裁判所の手続で事業ごと換価される可能性がある担保です。この記事では、法人・会社向け借金再生コンサルティングのオフィスレナセルが、法律の条文と金融庁・中小企業庁の公表資料をもとに、仕組みと注意点を整理します(2026年10月時点の公表資料にもとづきます)。
企業価値担保権とは?事業性融資推進法の新しい担保
企業価値担保権は、「事業性融資の推進等に関する法律」(令和6年法律第52号)で新しく設けられた担保権です。金融庁の制度概要によると、施行日は令和8年(2026年)5月25日です。なお、立案の過程では「事業成長担保権」という名称で検討されていました(金融庁「立案過程の想定事例」)。
同法第1条は、目的として「不動産を目的とする担保権又は個人を保証人とする保証契約等に依存した融資慣行の是正」と、会社の事業に必要な資金の調達等の円滑化を掲げています。これまでの中小企業向け融資は、土地・建物などの不動産担保と、経営者の個人保証に頼る形が中心でした。企業価値担保権は、そうした担保の代わりに、事業の実態や将来性を見て貸す融資(事業性融資)を後押しするための仕組みです。
金融庁は、主な対象として、有形資産に乏しいスタートアップや、経営者保証があるために思い切った事業展開をためらっている事業者などを挙げています。活用例には、地域の中小企業の設備投資、事業再生・事業承継、M&Aなども示されています。
企業価値担保権の仕組み|総財産・信託と登記・対象の会社・同意が必要な行為
担保になるのは会社の「総財産」
同法第7条第1項は、会社の総財産(将来において会社の財産に属するものを含む)を、一体として企業価値担保権の目的とすることができると定めています。不動産や機械だけでなく、売掛金、在庫、取引先との契約、技術やノウハウといった無形のものまで含めた事業全体が担保の対象になる、という考え方です。
信託契約で設定・登記で効力が発生
企業価値担保権は、会社と「企業価値担保権信託会社」との信託契約によって設定します(同法第6条第2項・第3項、第8条)。企業価値担保権信託会社は内閣総理大臣の免許を受けた者で、銀行などは届出により免許を受けたものとみなされます(同法第32条・第33条)。融資をした金融機関は、この信託の受益者という立場になります。また、企業価値担保権の得喪・変更は、会社の本店所在地で商業登記簿に登記しなければ効力を生じません(同法第15条)。
使えるのは会社だけ・個人事業主は対象外
対象は会社に限られます(同法第2条第2項・第7条第1項)。金融庁・中小企業庁の「企業価値担保権制度と信用保証制度の利用に関する留意事項」は、ここでいう会社を「株式会社・有限会社・持分会社に限られ、個人事業主等は含まれない」と説明しています。
ふだんの営業は自由・重要な処分には同意が必要
担保を設定したあとも、会社は担保の対象となる財産を使い、収益を上げ、処分することができます(同法第20条第1項)。ただし、重要な財産の処分や、事業の全部または重要な一部の譲渡など、通常の事業活動の範囲を超える行為には、全ての企業価値担保権者の同意が必要です(同条第2項)。同意なく行った行為は無効とされます(同条第3項。善意・無重過失の第三者には対抗できません)。金融庁の資料も、事業者と金融機関の緊密な信頼関係が「大前提」だとしています。
経営者保証はどうなる?個人保証等の制限(第12条)
経営者にとって最も関心が高いのは、この点だと思います。同法第12条第1項は、企業価値担保権で担保される債権(特定被担保債権)について、次のような契約があっても、その債権を持つ金融機関は契約にもとづく権利を行使できないと定めています。
▶ 保証人が法人でない保証契約(経営者などの個人保証)
▶ 個人が生活の本拠として使っている不動産などへの担保設定
ただし、注意点が2つあります。1つ目は、この制限がかかるのは企業価値担保権の対象になった融資だけだということです。対象に含めていないほかの借入れ(たとえば他の金融機関からの借入れや、対象から除いた保証協会付き融資)の保証が、自動的に外れるわけではありません。2つ目は例外があることで、たとえば経営者(役員)の保証で、会社が約束した情報開示の義務に違反したことや、あらかじめ合意した行為を金融機関の同意なく行ったことを条件に効力が生じるものなど、主務省令で定める要件を満たす場合には、この制限は適用されません(同条第4項)。条件付きの形で経営者の保証が残ることもある、ということです。
既存の経営者保証を外す交渉の進め方は、経営者保証は解除できる?既存の保証を外す交渉と2026年4月の監督指針改正で詳しく解説しています。
信用保証協会付きの融資がある場合
保証協会付きの融資と組み合わせる場合は、調整が必要です。前述の留意事項は、信用保証協会の求償権に経営者などの個人保証が付いている場合などには、金融機関が代位弁済の請求等をできなくなるとし、その保証付き債権を企業価値担保権の対象から除く対応を求めています(協会の了解が得られれば、個人保証等の解除によることも可能ですが、解除に応じられないケースもあるとしています)。また、無担保が前提とされている保証付き融資も、企業価値担保権の対象から除く扱いです。企業価値担保権の設定にあたっては、金融機関から信用保証協会への事前の報告・相談が必要とされています。保証協会付き融資の基本は信用保証協会の保証付き融資とは?保証料・責任共有制度・保証限度額をご覧ください。
返済できなくなったら?企業価値担保権の実行手続
返済が滞った場合、企業価値担保権の実行は、企業価値担保権者(信託会社)の申立てによって裁判所の手続として行われます(同法第83条)。裁判所は実行手続開始の決定と同時に管財人を選任し(同法第88条)、担保の対象となった財産の換価は、原則として、裁判所の許可を得て、営業または事業の譲渡によって行うとされています(同法第157条第1項)。管財人が必要と認めるときは、個々の財産を売却するなどの方法で換価することもできます(同条第2項)。事業をひとまとまりで引き継ぐことを原則としている点が、不動産担保の競売との大きな違いです。
また、配当の際には、企業価値担保権者への配当から「不特定被担保債権留保額」を差し引き、会社が清算・破産するときに配当を受ける一般の債権者のために一定額を取り分けておく仕組みが設けられています(同法第166条)。このほか、事業の継続に支障を来すような他の債権者の強制執行などに対して、企業価値担保権者が異議を主張できる規定もあります(同法第19条。なお、国税の滞納処分は同条の対象に挙がっていません)。
一方で、実行されれば、事業や財産は原則として第三者の手に渡ることになります。会社の側から見れば、返せなくなったときに事業そのものを手放す可能性がある担保だということは、正しく理解しておく必要があります。
借金に悩む会社は企業価値担保権をどう考えるべきか
金融庁は活用例に「事業再生・事業承継」を挙げていますが、その融資類型は既存の借入れをすべて借り換えて行う形が想定されています。つまり企業価値担保権は、借金を減らしたり返済を猶予したりする制度ではなく、新しい事業計画のもとで資金を調達するための選択肢の一つです。返済条件の見直しや債務の整理が必要な段階であれば、まずは私的整理とは?裁判所を使わずに会社の借金を整理する方法を解説のような手続とあわせて検討することになります。
検討するときは、次の点を押さえておくと整理しやすくなります。
▶ 取り扱うかどうかは金融機関の経営判断
金融庁のFAQも、企業価値担保権の採否は各金融機関の経営判断だとしています。申し込めば必ず使える制度ではありません。
▶ 事業計画と情報開示が前提
事業の将来性で貸す以上、根拠のある事業計画と、継続的な状況報告が欠かせません。計画づくりは経営改善計画書の作り方|銀行が納得する書き方のコツも参考にしてください。
▶ 重要な判断に担保権者の同意が要る
重要な財産の処分や事業譲渡には同意が必要になるため、将来の事業売却や事業承継の計画も含めて、事前に金融機関と話し合っておくことが大切です。
▶ 借り換えで外すこともできる
金融庁のFAQは、事業者はいつでも借り換えによって企業価値担保権を消滅させることができる(同法第28条)としています。ただし、借り換えに応じる金融機関があることが前提です。
経営者保証そのものについては、経営者保証ガイドラインの活用条件とは?3つの要件を解説もあわせてご覧ください。
出典:事業性融資の推進等に関する法律(令和6年法律第52号)第1条・第2条・第6条・第7条・第8条・第12条・第15条・第19条・第20条・第28条・第83条・第88条・第157条・第166条(e-Gov法令検索の現行法令)、金融庁「金融仲介機能の発揮/事業性融資の推進(企業価値担保権等)」「制度の概要」「企業価値担保権に関するFAQ」「立案過程の想定事例」、金融庁・中小企業庁「企業価値担保権制度と信用保証制度の利用に関する留意事項」(2026年5月)をもとに、当社で要約・編集して作成しました。
新しい資金調達の検討は、オフィスレナセルにご相談を
企業価値担保権は、不動産担保や経営者保証に頼らない融資を広げるための新しい制度ですが、使える場面は限られ、金融機関との信頼関係と事業計画が前提になります。「今の借入れを整理したうえで、新しい資金調達を考えたい」「自社の場合、返済条件の見直しが先か、借り換えが先か整理したい」という段階でも構いません。
オフィスレナセルは、法人・会社の借金問題に向き合う事業再生コンサルティングとして、資金繰りの実態把握から経営改善のプランニング、金融機関との対話まで、経営者に伴走してご支援します。なお、法律事務は弁護士が、税務の判断は税理士が担う業務です。当社はその前段の整理と、必要に応じて専門家へつなぐところをお手伝いする立場です。まずはお問い合わせからお気軽にご相談ください。
本記事は、一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の法的・会計的判断を保証するものではありません。企業価値担保権の取扱いの有無や条件は金融機関ごとに異なり、関係する政省令・ガイドラインは見直されることがあります。実際の企業価値担保権の利用や借り換え・経営者保証の見直しの検討にあたっては、取引のある金融機関にご確認いただき、あわせて認定経営革新等支援機関の税理士・公認会計士・弁護士等の専門家にご相談ください。本記事の内容に基づく判断によって生じたいかなる損害についても、当社は責任を負いかねます。


