
「売上は落ちていないのに、月末になると資金が足りない」。この状態の多くは、赤字そのものではなく運転資金の増加が原因です。運転資金とは、商品や材料の代金を先に支払い、売上代金を後から回収するまでの「立て替え期間」を埋めるお金のこと。つまり在庫と売掛金が膨らむほど、必要な運転資金は増えていきます。ここを借入だけで埋め続けると、返済負担だけが積み上がります。この記事では、運転資金の計算式と、在庫・売掛金の圧縮によって資金繰りそのものを軽くする考え方を整理します。
運転資金とは?入金より先に支払いが来るギャップを埋めるお金
中小機構が運営するJ-Net21の経営ハンドブックでは、運転資金は「売上債権+棚卸資産-仕入債務」で表されると説明されています。この式は、3つの要素がそれぞれ資金の出入りにどう働くかを示しています。
▶ 売上債権(売掛金・受取手形)
売ったのにまだ入金されていない金額です。増えるほど資金は外に出たままになります。
▶ 棚卸資産(在庫)
仕入れたのにまだ売れていない金額です。倉庫に眠っている在庫は、そのまま眠っている現金と同じ意味を持ちます。
▶ 仕入債務(買掛金・支払手形)
仕入れたのにまだ支払っていない金額です。ここだけは資金繰りを楽にする方向に働きます。
仮に売上債権3,000万円・在庫2,000万円・仕入債務1,500万円の会社なら、運転資金は3,500万円です。この3,500万円は、事業を続けている限り常に立て替え続けることになる金額で、いわば会社の体に埋め込まれた資金需要です。
売上が伸びているのに苦しくなる理由
受注が増えれば、先に仕入れと在庫が増え、売掛金も増えます。仕入債務の増加がそれに追いつかなければ、運転資金は売上の伸びに比例して膨らみます。決算書は黒字なのに手元の現金が減っていくという状態は、この増加分を借入や自己資金で吸収しきれていないときに起こります。
だからこそ、資金繰りが厳しいと感じたときに最初にやるべきは、借入先を探すことではなく「いま自社の運転資金がいくらで、どこが膨らんでいるのか」を数字で押さえることです。手順は資金繰りが厳しいとき、まず何をすべきか?3つのステップでも解説しています。
回転日数で「どこが詰まっているか」を測る
金額だけを見ても、多いのか少ないのかは判断できません。そこで使うのが回転日数です。J-Net21「資金繰り改善法(基礎編)」では、次の式が示されています。
▶ 売上債権回転日数(回収サイト)
平均売上債権残高 / 純売上高 × 365
商品が売れてから現金として回収されるまでの日数を示し、日数が短いほど回収状況が良いとされています。
▶ 棚卸資産回転日数(在庫回転期間)
平均棚卸資産残高 / 純売上高 × 365
日数が短いほど販売効率が良く、資金繰りに余裕ができるとされています。
▶ 買入債務回転日数(支払サイト)
平均買入債務残高 / 純仕入高 × 365
日数が長いほど資金繰りに余裕ができるとされています。
なお、これは同サイトに示された式ではありませんが、一般に「売上債権回転日数+棚卸資産回転日数-買入債務回転日数」を計算すると、仕入代金を払ってから売上代金が戻ってくるまでの日数のおおよその目安になります。この日数が長いほど、日々の売上に対して多くの立て替え資金が必要になります。前期と今期、あるいは月次で並べて、どの日数が伸びたのかを見ると、資金が詰まっている場所が特定できます。
在庫を圧縮する3つの着眼点
J-Net21では「在庫が寝ている期間(滞留期間)が長ければ長いほど、資金繰りは当然悪化する」と指摘されています。在庫の圧縮は、値引きせずに現金を生み出せる数少ない手段です。
滞留在庫を金額で可視化する
品目ごとに「最終出荷日」と「在庫金額」を並べるだけでも、半年以上動いていない在庫がいくら分あるかが見えます。多くの会社では、この上位数品目に在庫金額が集中しています。
発注ロットと安全在庫を見直す
「まとめて買うと単価が下がる」という判断は、値引き額よりも寝かせる期間の資金負担が大きければ、資金繰りの面では逆効果になることがあります。単価だけでなく、支払いから回収までの期間もあわせて判断します。
不良在庫の処分は損益と資金を分けて考える
処分すれば損失が出ますが、資金の面では現金化と保管コストの削減につながります。ただし在庫の評価損の税務上の取扱いは要件が細かいため、処分の方法とタイミングは顧問税理士に確認してから決めてください。
売掛金の回収サイトを短くする|2026年施行の取適法も追い風に
売掛金は「回収予定日どおりに入っているか」を得意先ごとに管理することが出発点です。J-Net21でも、売掛金がいつ発生しいつ回収予定なのかを得意先ごとに整理し、回収予定日に入金されているかを定期的に確認することが挙げられています。
加えて、取引条件そのものを見直す環境が整いつつあります。2026年(令和8年)1月1日に下請法の改正法が施行され、法律名が「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(略称・中小受託取引適正化法/取適法)に変わりました。公正取引委員会の説明によると、主な改正点には次のものが含まれます。
- 適用基準に従業員基準を追加
- 対象取引に特定運送委託を追加
- 協議を適切に行わない一方的な代金決定の禁止
- 手形払等の禁止
- 面的執行の強化(事業所管省庁での指導・助言が可能に)
支払期日については、公正取引委員会の「よくある質問コーナー(取適法)」で、本法第3条第1項により受領日から起算して60日以内の期間内に定めることとされている旨が示されています。また代金の支払について手形の交付をした場合は支払遅延となり、手形割引を受けたか否かにかかわらず、その手形の満期日が支払をする日として取り扱われるとされています。
紙の手形そのものも縮小に向かっています。全国銀行協会は2026年6月18日に、電子交換所における手形・小切手の交換廃止時期を2027年3月31日とすることを明確化したと公表しました。同協会は、2027年4月1日から手形・小切手が使用できなくなるわけではなく、電子交換所を介さない決済となる旨も併せて示しています。
ただし取適法が適用されるのは、委託事業者と中小受託事業者との間の対象取引です。すべての売掛先に同じルールが及ぶわけではないため、自社の取引が対象になるかどうかは、公正取引委員会や中小企業庁の公表資料で確認するか、専門家に相談したうえで交渉に臨むのが安全です。それでも「支払サイトの短縮や手形からの切り替えは、いまや国の方針に沿った申し出である」という事実は、取引先との交渉材料になり得ます。
銀行は運転資金をどう見ているか
銀行にとって、運転資金の範囲内の借入と、赤字の穴埋めのための借入は意味が異なります。前者は事業を回すために必然的に発生する資金需要ですが、後者は返済原資が見えにくいためです。したがって、資金使途を説明できるかどうかが交渉の分かれ目になります。
説明の道具になるのが資金繰り表です。作り方と銀行への見せ方は資金繰り表の作り方と銀行への見せ方|金融機関が見る3つの収支区分で解説しています。あわせて、銀行が自社をどう評価しているかの枠組みは銀行の債務者区分(格付け)とは?5つの区分と改善のポイント、面談前に用意する資料は銀行との交渉を有利に進めるために準備すべき5つの資料をご覧ください。
在庫や回収サイトの改善計画を数字で示せれば、「今後この金額の運転資金が不要になる」という説明ができます。これは、単に返済を待ってほしいと伝えるよりも具体的な材料になります。
運転資金の圧縮だけでは追いつかないと感じたら
在庫と売掛金の見直しで生まれる資金には限りがあります。すでに返済がリスケジュールの検討段階に入っている、あるいは支払いの優先順位を毎月やりくりしている状態であれば、運転資金の改善と並行して、返済条件そのものの見直しや事業の再構築を検討する段階かもしれません。
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本記事は、一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の法的・会計的・税務的判断を保証するものではありません。運転資金の管理、在庫の評価・処分、取引条件の変更や取適法の適用可否の判断にあたっては、必ず認定経営革新等支援機関の税理士・公認会計士・弁護士等の専門家にご相談ください。本記事の内容に基づく判断によって生じたいかなる損害についても、当社は責任を負いかねます。


